社会なんて知らない

高校なんてない

高校を辞めます

高校を辞めようと考えている女子高生ですが、泣きながらこのブログを書いています。いじめなんて無く、親からの暴力もなく、平和な日常を送っていました。

それでも学校をやめたいです。学校のことを考えるだけで、目に涙が溜まって頬をつたい、画面がぼやけてしまいます。

何でこうなったんでしょう。高校やめたいという言葉が頭の中をぐるぐるしてるばかりで全然落ち着けないので、とりあえず自分の人生(といってもたかが17年)を振り返ってみます。

 小学校までの自分

 保育園のときから朝起きるのが苦手で、毎日遅刻ばかりでした。他の園児が朝から何かの行事のため練習に励む中、私一人だけ遅刻して皆に混ざって素知らぬふりで参加してました。

小学校のときから学校に行くのに苦手意識を感じるようになります。いじめなんて存在せず平和な毎日なのに、座って授業を受けることが退屈なのか苦痛なのか、しょっちゅう休んでいた記憶があります。親に「休むのは月二回までにしてね」との約束を取り付けられましたが、学年が上がるにつれ一週間も続けて休むようになりました。

 

ある日午後から学校に行くと、移動教室なのか教室に誰も児童がいません。とりあえず自分の席に座り、自由帳にお絵描きしていました。すると、男子が一人だけ教室に戻ってきたので、二人で習字をしたり(?)一列に机を並べ、その上を歩いて遊んだりしていました。その男子は孤児院の子で、後になぜかその男子だけ別の中学校に行くことを私は不思議に思いました。

 

また六学年のとき、ある女教師が担任になりました。その女教師は私にこう言いました。

「五年生のときのプール大会で貴女が見学したときに、アタシは貴女の担任になろうと思った」

殺意が湧きました。その年のプール大会の日は見学ではなく休んで自宅で過ごしました。その女教師はなにかにつけて私に声をかけてきたので、私は友達の陰に隠れてやり過ごしていました。私が中学校にあがった後、女教師の子供が火事で亡くなったと友達からやニュースで知り、とても心がスッキリしました。

 

 中学生時代

美術部に入り、新しいクラスで心機一転、一から頑張ろうと奮起します。しかし一年生の後半から全く学校に行かなくなりました。理由を覚えておらず、この時の記憶が全くありません。楽しい学校生活だったはずなのに、どうしてなのか10月あたりからぱったりと登校しなくなりました。

 

二年生になり、嫌いな女子と同じクラスになりました。その子は私と仲良くしようと話しかけてくれたり本を貸してくれたりしましたが、私はその女子が嫌いだったので一方的に無視していました。女子はイケイケ女子グループのボスで、私は他のグループに入ろうと考えるもすでにグループが形成した後だったので次第に孤立していきました。(今考えると世渡り下手すぎ)

そんな理由で二年生の後半からも全く学校に行かなくなり、二年続けて文化祭に参加しない引きこもり生活を送っていました。

 

しかし高校受験年となる三年生になったとき、そろそろヤバいと思い真面目に学校に通いだします。三年の二学期までの成績が内申書に反映されるとのことだったので、頑張って内申点を150点満点中130か140くらい稼ぎ、クラスで三位以内くらいの成績をキープしてました。でも進路のことは何も考えていませんでした。

「いい高校入っていい大学に入れば大丈夫だよね~」 と呑気に考え、自分が理系に向いてるかすら考えず、偏差値60後半の理系コースに進学しました。これが間違いでした。

 

高校生時代と今

 

塾の先生に言われるがまま県一番の進学校(といっても地方だけど)に進学。入学当時から理系のコースのため、一年のときから物理化学生物の基礎を修得。物理が壊滅的に苦手で、テストで2点をとってしまいました。なんで物理なんか習うんだ…と先生を恨みました。(けどこれが後で役に立つ)

毎日学校に通いますが、朝起きるのが苦手のため遅刻を数回してしまいます。その度に体育教師に呼び出され叱られます。「なんで遅刻してはいけないかわかるか?」先生は訊きます。私は本気でわからず、何も言わず時間が過ぎるのを待ちました。結局その先生はなんで学校に遅刻がするのがダメなのか教えてくれませんでした。友達との約束や会社には遅刻したらダメなのはもちろんわかるのですが…(誰か教えて!)

 

そして勉強。高校に入って気付きましたが、私は勉強することが苦手でした。勉強というか、一日何時間も机に座って勉強という行為をするのが大変苦痛でした。なので成績はガクンと落ちていく一方で、特に物理が先程書いたように五段階で一になるほど苦手でした。というか理科系統が全般的に嫌で仕方ありませんでした。
しかし地方でも進学校の高校なので勉強は進む。授業についていけず、高校生になって初めて居眠りをしたり、先生の声が片耳から入り他方の耳から流れ出ていくような感じで、ぼーっと過ごす日々でした。
そして中学校同様、なぜか一年生の後半から学校に行かなくなります。ここでも本当に休んだ理由を覚えていません。部活もクラスも楽しくて、勉強を除いて充実した毎日でした。いや、その勉強が負い目に感じて行かなくなったのかも…。自分のことながら何故不登校になったのか明確な理由がわからず、もやもやします。理由はただなんとなくとか、家にいたほうが楽しいとか、そんな感じだった気がします。
しかし出席日数が足りないと担任から電話があり、三学期の後半から登校します。あと数日休んだら留年というところまできていました。


春が来て二年生。後輩もでき私は一年生のときとは違った目線で学校を見つめなおしました。
そして、私は集団生活と毎日決まった場所に通うことが苦手だと気が付きました。

そのことをいつから気付いたか忘れましたが、二年生になり惰性で日々を送っていた時、根底から湧き上がる水のようにじわじわと感じていきました。むしろなぜ今まで気付かなかったのか自分に問い詰めたいくらい、集団生活が苦手でした。

 部活は楽しかったですが、それも作品を描いている時だけ。部活の仲間と多人数で喋っているとき、心のどこかで苦痛を感じていました。
クラスは楽しかったですが、親しい友達と二人で話しているときだけ。クラス全員でワイワイ楽しんでるときは、混ざる気にもなれず友達と共に一歩離れた場所で傍観していました。
そして決まった場所に決まった時刻に通うことが、マイペースな私には苦痛で苦痛で仕方ありませんでした。(ほんと今更気付いたって感じです)授業は一年のときより付いていけるようになり、多少マシになりました。けれど、また、やっぱり、二年生の後半から不登校になりました。
また、人に気を遣われることも嫌だと気が付きました。先生からの電話とか、クラスメイトからのLINEとか、全部無視して引きこもりました。そういえば先生に質問したことを中学校と高校合わせて、二三回しかしたことないな、と思いだしました。人から気を遣われると、私は自分のプライドが傷ついたような気がしてしまうんです。ほんと、なんでか知らないけど、腫れ物扱いされると、泣きそうになる程嫌になります。

 

そしてまた出席日数が足りず留年の危険があるとのことで、二年生の三学期から通い始めました。しかし、この時から精神が不安定になるようになりました。

学校に行くと体に不調が出ること。長男が自殺したこと。主にこの二つが原因だと思います。
まず体の不調のことですが、二年生になってからほぼ毎日、授業中にお腹が痛くなるようになりました。下痢とか便秘とかではなく、腸をぎゅっと掴まれるような痛みが数時間続く。また授業中に、わけもわからず泣きそうになることが多くなりました。その上(これは小学校の時からあったのですが)心臓の神経がズキズキと痛くなり、その頻度が多くなりました。三学期になってからは毎日腹痛が続き、泣きたい日が多くなり、保健室にこもり腹痛と心臓のズキズキとした痛みに耐え泣きじゃくる日々が続きました。
学校から帰っても泣いてばかりでした。小学校で興味本位でやってみたリストカットも再発し、体の様々な部位をカッターでザクザク斬りました。また体が痺れたように動かなくなり、指先一本も動かせず、ベッドの上で二時間ほど痺れに耐えた日もあります。風呂に浸かったらまず息を止め限界までお湯の中に顔面を突っ込み、酸欠手前で水面に顔を出すことを繰り返しました。スマホで首吊り自殺のやり方を調べ、家にあったホースをドアの取っ手にかけて簡易首吊りごっこをして一人楽しみました。自分の首を自分の手で絞めることも感触が気持ち良くて癖になりました。脂肪を燃焼すると自分に言い訳して太ももを拳でガンガン殴りました。(太ももが一番痛みが少なく弾力がある)睡眠薬向精神薬をありったけ飲んで翌日フラフラしたりしました。

あ、これ過去形ですけど現在進行形ですね…

もちろん精神科に行って薬を処方してもらいましたが、これらの症状(というか癖)が全て治らず、薬を調整したり増やしている最中です。

 

そんなこんなで三年生になりました。始業式に行きます。校長先生の話を聞きます。クラスメイトと話します。部活に行きます。新入部員の歓迎をします。
帰宅します。カレーを食べます。でも、カレーを食べていたと思ったら、壁に頭をガンガン打ち付けていて涙が目から溢れていました。壁に頭を打ち付けるたび頭が冴えるようで気持ち良くなって、カレーも美味しいし最高だ、と考えながら泣いていました。
また精神科へ行きました。学校を辞めることを勧められました。それもそうだ、と思い今現在、学校を辞める手続きをしています。手続きをしていく中、高卒認定試験(今は大検と言わないらしい)の受ける科目を確認すると、物理基礎も習ったおかげで、一科目しか受験しなくていいとのことでした!物理基礎を修得してて初めて良かったと思えました。

 

学校で授業を受けるのが嫌なのかもしれません。自分でも自分の感情がわかりません。ただ、授業を受けると手足が痺れに似た感覚に陥り、上記のような不調を体が訴えてきます。そのため先生の話に集中できず、結果保健室で過ごすことが多くなります。
学校も、二年間通って集団生活が苦手だということに気付き、楽しさを感じることができなくなりました。部活で人と話すことも嫌だし、学校の先生も嫌だし、授業も嫌だし、朝決まった時間に起きることが嫌だし、本当に嫌なことが多いです。
甘えだと自覚しています。けれど学校に通うことがつらいです。学校に通うと、なんとなく死にたくなって涙が出ます。

あと一年じゃん!と友達が言ってきます。その一年を薬と共に、死にたい死にたいと考え泣きながら過ごすと思うとゾッとします。

 

先日、クラスメイトがLINEで「明日の遠足行かないの?」と訊いてきました。「週五日も学校通うのしんどくて、学校辞めるから行かない」と私は伝えました。
返事が来ました。「そっか~寂しくなるな。あ、将来ZAKICO(私)が画家になったときに自慢したいからサイン書いて!」
そのメッセージを見て、笑いながら泣きました。私は画家になる予定はないと伝えました。

その翌日、クラスLINEに遠足先で私除いてのクラスの集合写真が送られてきました。それを見て、また泣いてしまいました。
学校に行かず引きこもってる現在でも、学校に関わることを見聞きすると、涙腺が緩んでしまいます。まさかこんなに泣き虫になるとは自分でも思っていませんでした。
小、中学生のときは片手で数えるほどしか泣いていないのに…
でも、こんな泣き虫になった私でも、長男が自殺したと聞いたときは不思議と涙が出ませんでした。あ、そうだその話も書こうと思っていました。けれど長くなりそうなので、また別の記事で書きます。

 

なんとなく学校が嫌で、なんとなく学校辞めて、なんとなくクズな生活を送っていますが、涙もこの記事を書いてるうちに枯れ果ててしまったので、自殺だけはしないように頑張っていこうと思います。終わり。 

 

追記:高校に入ってから気付いたのですが、私はバリバリのド文系脳だったので、入学当初から理系コースと決まっていた授業にはなおさらついていけませんでした。